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周防大島

おはようございます。いつの間にかひところの暑さが和らぎ、秋風が立つようになってきました。この夏は猛暑になりましたが、梅雨も比較的穏やかで短い梅雨でした。台風も12号まで発生しましたが猛烈に発達するものはなく、ほとんどが弱い熱帯低気圧に毛の生えたようなものばかりでした。来月を乗り切れば、梅雨期の大雨や台風災害の最も少ない年になります。そうなってほしいのですが・・・。

1)周防大島

博多の宿を朝5時過ぎに起き出して博多発6時過ぎの新幹線に乗り徳山下車。徳山から山陽本線を大畠で下車。ホームへ降り立つと、目の前に周防大島と大橋が見える。改札のお姉さんに宮本常一記念館行きのバスを聞くと1時間度後までないとのこと。えーい、しかたがない。そこにいた大島方面のバスに飛び乗った。読んで字のごとくでかいでかい大島。途中で島を横切って反対側に出た。標識を見ると「民族博物館0.9km」とあるのであわてて下車。海岸伝いに歩く。やっとこさ、博物館前に到着したら「ただいま休館中」の札。道を尋ねるにも人っ子一人いない。近くの公衆トイレで用を足して出てくると、島の人と思しき中高年の女性二人がウォーキングでこちらへやってくる。道を尋ねると、記念館は交流センターという名で島の反対側の東和町にあるとのこと。「この島にタクシーはあるのですか?」と聞くと、すらすらと電話番号を教えてくださった。しばらくするとタクシーがやってきてホッ。運転手さんに聞くと、大島は以前は7万人も人口があったが、今は2万人になってしまった。半農半漁の島で働くところがないので人口流失が続いている。平成の大合併で島のいくつかの町が合併して周防大島町になった。交流センターへ着くと9時5分。センターのドアを開けようとするが開かない。よく見ると、9時半オープン。お隣が近代的な建物で「星野哲郎記念館」と書いてある。それまで覗いていくかと入っていくと、「会館1周年鳥羽一郎展」とある。おお、よくぞこの地で鳥羽での同い年、練習船「大勢丸」に前後して乗った鳥羽一郎と再会できるとは。受付で名刺を出してそのことを告げると、わざわざ、よく来てくれましたと、入館料500円をもぎ取られた。あの鳥羽一郎後援会の写真を撮ってもいいですかと聞くと、この辺はいいがあの辺はいけませんという。ははあ、わかりました!星野哲郎さんはこの大島の生まれ。鳥羽一郎の「兄弟船」や美空ひばりの「みだれ髪」、北島三郎の「風雪ながれ旅」、口紅が濃すぎたかしら~着物にすればよかったかしら~大月みやこの「女の港」などなど、私の18番はすべて星野哲郎作品。

2)宮本常一記念館

このたびの目的はあくまでも「美し国おこし・三重」の地域づくりに宮本常一先生の「歩く・見る・聞く」、「誰にもヒューマンヒストリーがある」「地域はそこに住む人々が自らつくっていかない限り、本当によくなることはない」という、地域づくりの思想を調査することにある。記念館は、500円のところ、星野哲郎記念館のチケットを見せると300円に。この地が生んだ偉大なる民俗学者、歩く巨人。昭和37年以降の宮本常一先生の旅の写真集が特別展示されていた。その中には鳥羽「坂手島」の港の風景。何艘もの小船がつながれている。じっくりと見て宮本民俗学を堪能した。その間、夏休みの宿題でやってきた親子ずれ一組と会っただけ。独り占めでした。帰りのバスは、11時発。バス停へ行くと二人のご婦人。島の人ですかと聞くと、そうだが今は大阪に住んでいるという。鳥羽へも来たことがあり、鳥羽はよいところだと褒めていただいた。バスから再び山陽本線で広島まで、広島から新幹線で名古屋へ、そして帰宅。わがふるさとがやはり、一番いい・・・。

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